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2006年 08月 26日
最後の夜なのに byあや
c0004876_3151553.jpgあと少しで2年間の旅を終了し帰国する事になりました。
2年間で9ヶ国を渡り歩き、沢山の人と知り合い、沢山の町を知り、沢山の刺激を受け、今は満足感いっぱいです。
そんな感動真っ最中の状態ですから、何を書いてもテンションが高い文章になりそうなので、あえて、現実的な事を書こうかなと思います。

渡豪の2年前。新宿の紀伊國屋書店で「ワーキングホリデー徹底ガイド」なる本を読んだ時、ワーホリには最低でも100万円は必要なんて書いてありました。当時短大生だった私にとって、100万円なんて大金を用意する事なんて無理。そうは思ったものの、一度は海外で生活をしてみたいと思ってた私は、学校に通いながらも、暇さえあればアルバイトに明け暮れ、2年後には160万円の貯金を作る事が出来たのです。

しかし実際はワーキングホリデーの1年で100万円なんて必要なかったように思います。というのも、ワーホリは文字通り働く事も出来る観光ビザ。1カ所に3ヶ月以上は働けないものの働く場所は沢山あり、旅をしなければ±0で帰国することも可能なんです。
と言う事で、これからワーホリで来られる方の参考になればと思い、私のオーストラリアでのお財布事情を書きたいと思います。

まずはお給料編。
やはり英語が話せるか話せないかで求人も時給も随分と違います。
一番最初の仕事はシドニーでのジャパレス。お客さんは日本人が多いため、殆ど英語力は問われません。時給は9ドルと平均的ですが、まかないが付くため、これはこれで美味しい仕事です。月給にすると1200ドルくらいで、3ヶ月働いて3600ドル。まぁまぁでしょうか。
次に働いたのは、パースの南方マーガレットリバーでのブドウのピッキング。これは歩合制だったのですが、6時間働いて平均1日60ドル。2ヶ月いましたが、天候や人数により仕事がまちまちで、実際働いたのは32日なので1920ドルほどでした。
そして最後に働いたのがケアンズのホテル。本当なら英語はネイティブなみでないとダメなんですが、ユダさんに紹介してもらい、特別に雇ってもらいました。主な仕事は日本からの観光客のお世話という仕事で時給がなんと15ドル。1日6時間で週5日だったので、月給は1800ドル。3ヶ月で5400ドルも頂きました。
これが私のワーホリ1年間の収入で合計すると10920ドル。日本円で96万円くらい。
普通なら働く期間は6ヶ月以下だと思うのですが、私は旅の途中で既にアジアを旅したいという気持ちがあったので、8ヶ月近く働いていました。

そして次は出費編。
宿は働いている時はアパートを借り、旅している時はバックパッカーという感じでした。アパートメントはシェアが基本ですが、私には旅仲間のケイがいたので、他の人とシェアすることなく2人で常に借りていましたが、2LDKで週150ドルくらいの部屋が多かったです。バックパッカーはドミトリーが基本ですが平均15ドルくらいで、高い宿だと20ドルを超えるところもありました。

次は食事ですが、これは人それぞれだと思います。私たちの場合は外食は週2回までと決めていたので、殆どが自炊でした。自炊と言っても手の込んだ料理は作らず、かなりあっさりした物ばかり。時にはパンのみとか、野菜のみといった時もありましたが、2人ともそこまで味にこだわる方ではなかったので苦にはならなかったです。

そして最後に大事なのが移動費です。
旅をしているんですから、人力以外は全てお金がかかります。私はシドニーからパースまでバスを使いましたが、やはり金額的には厳しい限りです。しかもバスだと色んな町に寄れば寄るほど割高になってしまうので、結局パースで車を購入しました。車は安い物だと500ドルくらいからありますが、車に詳しくない人はそれなりの車を買った方が良いと思います。ちなみに私たちが買った車はHOLDEN COMMODOREという車種で1200ドルでした。一度パンクはしましたが、止まってしまうみたいな事はなかったです。

そんなわけで150万円をもってオーストラリアへ入国し、1年を終え出国する時に持っていたお金は90万円。実際に必要だったのは60万円と言う事です。私たちはツアーを我慢したり、異常なほど節約したりしなかったので、最低60万円もって6ヶ月働けば、十分にワーホリはクリア出来ると思います。

そして今、アジアを8ヶ国まわり、オーストラリアに戻ってきた私のお財布には10万円しか残っていません。
あと、7時間ほどで旅は終わるので、私の旅は成功?だったのかなと思います。
そんなオーストラリア最後の夜の書きこみでした。



最後がこれで良かったのかしら・・・・・
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by aya_kei | 2006-08-26 03:17 | □クイーンズランド州
2005年 10月 21日
オーストラリア旅 総括 byケイ
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あぁ~ぁ、もう少しでオーストラリアとお別れです。本当に楽しかった400日でした。
最初の町シドニーではガチガチになっていたのに、メルボルン、アデレード、パースと旅していくうちに、いつの間にかこっちの生活が普通になっていく感じ。う~ん何て言えばいいのかなぁ・・・とにかく日が経つにつれ、徐々に自分らしく生活できるようになった、そんな感じでした。
私達のワーホリはかなり満足出来るものだったと思います。やっぱり最初にマンリーでアルバイト生活したのが成功のカギだったのかな??オーストラリアという国とか、生活するリズムとか、色んな事を学ぶ事ができた時間だったと思います。
そして何より、あやも書いてますがユダさんかなぁ。結構自由に旅しているようですが、やはり女2人というのは心細い感じがして、夜はあまり外に出ないとか、昼でも人気のない所へは行かないとか、色々自分たちでトラブルに遭わないようにルールを作っていました。そのせいで、誘いを断ったりしていたのですが、所々でユダさんの知り合いを紹介してもらったのは、かなり助かったし、楽しい思い出になったと思います。
パースのオカマのサムは宿のオーナーと言うことで、部屋の掃除と交換に宿泊費をタダにしてくれたり、近くのスタジアムでオージーフットボールを見せてくれました。マーガレットリバーのマイクは、ピッキングのバイトを紹介してくれたり、初サーフィンをさせてくれました。メルボルンでは、オーストラリアで活躍する日本人バンドを紹介してくれて、楽屋にまで招待してくれました。そしてケアンズでは、仕事からプライベートのことまで、何でも相談にのってくれるテルミさんを紹介してくれました。今ではママなんて言っていますが、本人は「そんなに年とってないわよ!」と常に否定しますが、確実にママのような存在です。
沢山の人と出会い、沢山の思い出を作ったせいで、恐らくオーストラリアを離れる時は号泣すること間違いないヘナチョコな私ですが、これだけは言っておきたいです。
もし、ワーホリや留学を迷っている人がいるなら、是非挑戦してもらいたいです。絶対楽しいし、何より自分の為になると思います。自分のやりたいことに逃げないで、ガンバッテ下さい!

次はアジアの旅です。ユダさんからもらった「地球の歩き方」を片手にどうにか無事に乗り越えて、楽しかったと思えるように、まったりとやってきます。これからも宜しくお願いしますね。それではバイ!
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by aya_kei | 2005-10-21 10:30 | □クイーンズランド州
2005年 10月 21日
オーストラリア旅 総括 byあや
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長かったオーストラリア生活もあと数日で終了です。なんだか長かったような短かったような不思議な気持ちでいっぱいです。
昨年の9月にシドニーに到着したときは半べそをかいて、渡豪したのを後悔してたのに、今はどこよりも安い商品を買うためにスーパーを巡り、宿がなければ車で寝て、その辺の公園で髪を洗ったりと、自分でも驚くほど逞しくなったと思います。(これは良いことなのかな!?)
この一年でオーストラリア1周を果たし、道中で訪ねた町は100以上にものぼります。しかも総移動距離は2万8千キロ。単純計算で東京-大阪を28往復したことになるんですね。(伝わりにくい?)
旅の最中は、人口20人という極小の町や町全体が地下にある町、いろんな町で沢山の人に出会い、たくさんのやさしさをもらったおかげで、なんのトラブルもなく無事にオーストラリアの旅を終えることができたと思います。
また、私の旅で欠かせないのはユダさんの存在です。
渡豪前、ネットで沢山のサイトを見て色んな人の体験談を読んでいたのですが、どのサイトも同じような文で魅力がなかったんです。その中で、いかにも悪そうな旅を書いていたのがコロニーというサイトでした。はじめは読んでるだけでしたが、勇気を出して質問したら丁寧にアドバイスをしてくれて、そこで出会った女の子と意気投合し、今一緒に旅をしているんです。不思議ですね。
まぁそんな感じでナントカ、オーストラリアの旅を終了出来そうです。見守って下さった方、本当にありがとうございます。

さてさて、そんな感じで「あやケイブログ オーストラリア編」は終了しますが、次回からは「東南アジア編」がスタートします。なんと言っても初アジアな私達なので、うまく旅は進まないと思いますが、いつもの通り2人で突き進んでいきたいと思います。
因みにお金が尽きるまで旅します!今のところ、ケアンズカジノでの大当たりのおかげで、まだまだ余裕がありそうなので行けるところまで頑張っていきますよぉ!
それでは、今度はシンガポールからカキコしますね。では。ごきげんよう!
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by aya_kei | 2005-10-21 09:53 | □クイーンズランド州
2005年 07月 05日
タウンズビルで叫ぶ byケイ
c0004876_16495749.jpgケアンズを出発して2日目、海岸と内陸の分岐点の町タウンズビルにいます。
ケアンズでのアルバイトを終わってすぐに、アパートメントの期限がきてしまい、押される形で出発しました。昨日はミッションビーチでマタ~リ過ごして、先ほどココに到着してまたまたマタ~リしているところです。
ところで、ここタウンズビルには大きい岩山があって、その頂上が展望台になっているんですね。××は高いとこが好きって言いますが、私達も高いところが大好物。シドニーではハーバーブリッジに登って「タケーー!w(゜o゜)wギャハハ 」って叫んでみたり、ウルルでは頂上でナウシカの真似してルンルン飛び跳ねたり、本当にアホな2人。と言うことは、今回もキャッスルヒルという岩山の頂上で「やほ~~やほ~~~ッ!(`0`)ノ」って気が狂った様に叫んでしまうんですね私達・・・。
そうしたら、どっかの国の白人バックパッカーに「大丈夫?」なんて言われる始末なんです。

あ~ぁ・・・早く大人になりたい・・・・

話は変わるけど、良くアメリカのラッパーが中指立てたりしている写真ってありますよね。アレをオージー風にすると人差し指と中指の2本立てるんですって。そう言われて本屋とかでチェックすると、そう言う写真が多い。でも何かB級感が漂っているような。

明日はマウントアイザ目指して出発です。
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by aya_kei | 2005-07-05 16:52 | □クイーンズランド州
2005年 05月 24日
大当たりです。 byあや
c0004876_13355288.jpgやっと、ゴールデンウィークあたりから続いていた観光ラッシュも落ち着いて、今日から3連休を頂きました。とりあえず今日は、お買い物やら家賃の支払いやらで雑務に精を出しております。でも明日は念願のグリーン島に行ってきます。ケアンズに来て1ヶ月、やっとグレートバリアリーフをこの目で見ることが出来ます。
いままで、日本人スタッフとして観光客の方に珊瑚礁の質問を受けていましたが、答えは全て妄想か、ガイドブックの知識のみ。自分で答えてて恥ずかしいやら、申し訳ないやら・・・。でもやっと1人前になれるんですね。嬉しい~!!

さて話は変わりますが、ちょっとカジノについてお話したいと思います。ケアンズの田舎町にもリーフカジノという中規模カジノがあるんですが、私たちも仕事場が近くなので、時々寄っていくんです。でも、ポーカーやブラックジャックはさすがに素人には無理なので、やるのは1ドルスロットのみ。で最近、わたくし達に凄いことが起きましたので、その報告を。
その日はお給料日でちょっとリッチになった2人は小切手を現金に換えてカジノに向かいました。いつものように1ドルスロットを30分ほどやっていたのですが全く出ない。ケイも負けちゃって2人で肩を落として帰ろうとした時、通常の3倍くらいの大きさのスロットマシンが目に入ったのです。しかし、1回5ドルというレートの高さにスルーしようとしたら、ケイが1回やろーと言ってくる。仕方ない。1回だけねと、5ドルを入れ、長い棒をガクンと引いたら、ガコン、ガコン、ガコンとあっさりと止まる。だからやるんじゃなかったよ~・・・あれっ?なんか揃ってない?
な・な・なんと3BARが3つ揃ったんです。その瞬間バカでかい音とともに1ドルコインがジャラジャラ出るんですねぇ。それも5分くらい出っぱなし。あまりの驚きに気を失いそうになりましたが、なんとか気を取り直し周りを見たら、人だかりができてて拍手されている私たち。もしや億万長者?なんて期待していたら、たったの5000ドル。ん?5000ドル!!きゃぁあぁぁ~!
超リッチになった私たちは、早速2人でお洋服~。美味しい中華~。ピアス~。と今まで我慢していた事を一気に爆発させました。でも、おうちに帰って残りのお金を見たらまだ4500ドルも残っていました。もう貧乏性が身に付いているみたいで、高級品が買えないみたいです。とりあえず、4000ドルは、アジアへの旅資金にあて、残りの500ドルは車の維持費に使っちゃおうと言う事になりました。
よく考えたら、私たちオーストラリアに来てからカジノで負けてないかも・・・なんて思いましたが、ここで宣言します。もうカジノには行きません。勝ち逃げします。
そんな今日この頃です。
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by aya_kei | 2005-05-24 13:36 | □クイーンズランド州
2005年 04月 28日
仕事ゲットです byケイ
c0004876_15463742.jpgこんにちは。久しぶりの更新ですね。
現在ケアンズにいます。まだ、ここに来て5日目ですが、早くも仕事ゲットです。事の成り行きは2日前。私たちのビザ有効期限は残り4ヶ月。ワーホリの就労条件が1カ所3ヶ月なので、普通の仕事は3ヶ月間の契約をするのですが、そうすると、私たちに残された時間の殆どをケアンズで使うことになってしまい、非常に厳しい。てことで、いつものようにユダさんに相談したら、ユダさんがケアンズに住んでいる時に働いていたホテルを紹介してもらう事になったんです。しかも、私たちの希望通り2ヶ月契約の仕事。で、先ほど面接してきたのですが、当初は日本人スタッフとして働くはずが、悲しい事に私たちの乏しい英語力を指摘され、最終的には日本人スタッフ補佐という、2ランクほど下の仕事になっちゃいました。でも、1日6時間の週5日、時給15ドルという好待遇に大、大満足!これってどれほど凄いかと言うと、日本人向けのお土産屋で時給8ドル。大橋巨泉のOKショップですら時給13ドルなのですから、好待遇ぶりは一目瞭然ですよね。

ところで、今日面接して下さった日本人のテルミさんという方が、ユダさんの友人だったのですが、色々と面白い話を聞くことが出来ました。
当時、ここの求人を新聞に出した際、日本人はユダさんだけが募集してきたそうです。なぜなら、必要な英語力がネイティブレベルとなっていたので、ワーホリの方は敬遠してたみたいなのです。しかし、電話の時点であやふやな英語を使っていた為、ユダさんはすぐに断られたそうですが、翌日、いきなりスーツ姿でホテルに現れテルミさんに「何の仕事でも良いので働かせて下さい」と言ったそうです。これがきっかけで日本人スタッフになったユダさんは、日本でホテルマン経験があったため、すぐに仕事には慣れたそうですが、1つだけ欠点があったと言っていました。それというのが、客がいなくなったパーティー会場で、タッパー片手に余った料理を持ち帰るのだそうです。これには周りのホテルマンも当初は引いていたそうですが、徐々に仲間が増え、あまり残り物を持ち帰る事をしなかった地元の従業員もユダさんを真似て、タッパーを持ってくるようになったそうです。
しかし、その事を知った料理長が激怒、文句を言おうユダさんとテルミさんを呼び出したそうですが、ユダさんは料理長が怒る前に、あなたの料理は冷めても美味しいと褒めちぎり、結局それがきっかけで気に入られ、ビジネスビザまで取ったそうなんです。

その後、何人か日本人のアルバイトが入ったそうですが、あれほど強烈な人はいないなぁとテルミさんは言っておりました。いまでも、お正月には年賀状となぜか履歴書が送られて来るそうで、「あの子はちょっと普通じゃないから結婚はまだね」と笑っておりました。

そんな感じで、またまた流れに身を任せケアンズ生活がスタートします。今日は今から部屋を数カ所見てきます。仕事は明後日からなので早くしないと・・・
ユダさん・・・またまたお世話になりました!
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by aya_kei | 2005-04-28 15:45 | □クイーンズランド州